相手方保険会社からの治療費支払い打ち切りについて

1 弁護士として交通事故の事件を担当している中で、よくある相談が「相手方の保険会社より、治療費の支払を打ち切るとの連絡(以下「打ちきり連絡」といいます。)が来た。どうしたらよいか。」というものです。
  今までは、保険会社が医療費を支払っていたので、被害者による治療費の支払は必要なかったのに、これが打ち切られてしまうと、治療が受けられなくなってしまうのではないか、と心配される方もいるようです。

 

2 まず、結論から申し上げますと、打ちきり連絡に対し、法的に対抗できる手段はありません。
  相手方あるいはその保険会社には、最終的に必要な賠償額を支払う義務や、判決となった場合、あるいは被害者との間で遅延損害金についても支払うことが合意された場合には、損害元金の他に遅延損害金を支払わなければならないという義務はあるものの、これを常に前倒しで支払わなければならない義務があるとまではいえないためです。
  ただし、「全て損害額が確定した後で支払う」としたのでは、多くの被害者が困窮してしまうのも事実であり、相手方保険会社が治療費を支払う目的の一つに、被害者保護という目的があることは間違いありませんが、このほかに、その後の交渉を円滑に進めるために支払う、という目的もあります。
  保険会社からの治療費の支払は、法的義務というよりは任意のサービスと捉えた方が実態に即していると思います。

 

3 唯一、強制力のある法的手段として、裁判所に仮処分の申立てをし、判決が出る前に仮に支払えとの決定を出してもらう、という方法があります。
  しかし、この方法は、一般の方がご自身で行うには負担が重いこと、判決よりは早い解決を目指すこととされてはいるものの、裁判所の判断が出るまで一定の時間を要することからすると(事案にもよりますが、数か月程度はかかることが多いです。)、速効性や実効性のある方法とはいえないと考えます。

 

4 そこで、打ちきり連絡がされた場合、一般的にとる手段は、次のとおりとなります。
 ⑴ 主治医に、治療継続の必要性や、今後の治療期間の見通しなどを記載した診断書を作成してもらい、これを相手方保険会社に提出し、打ちきりについて再検討してもらう。
 ⑵ 「あと1か月」などと期間を区切って、相手方保険会社からの治療費支払期間を延長してもらう。
   打ち切り連絡がされる理由の一つに、何らのめどもないまま治療期間が継続することを防ぎたいという目的があり、このような場合には、期間を区切っての延長であれば、相手方保険会社が延長に同意することがあります。
 ⑶ 上記⑴、⑵による延長がされない場合は、ご自身の保険(健康保険、労災保険及び人身傷害保険のいずれか)を使って通院をすることになります。
   保険を使わずに、被害者自身が医療費を支払い、その後にこれを加害者あるいは自動車賠償責任保険に請求することもできないわけではありませんが、一時的にせよ、被害者自身が費用を支払うことにより、被害者の経済的負担が重くなるので、現実的ではないと思います。
   上記の各保険を使う場合、注意点は以下のとおりです。

 

  ア 人身傷害保険は、ご自身が加入する自動車保険に人身傷害保険の特約が付されている場合など、ご自身が保険会社との間で人身傷害保険の契約をしている場合に限られます。
    保険会社との契約がない場合は、人身傷害保険は使用できません。

 

  イ 労災保険は、お勤めになる会社の勤務中あるいは通勤途中の事故についてのみ使用可能であり、これらに該当しない場合は、健康保険により受診することになります。
    健康保険が使用できる場合と、労災保険が使用できる場合は明確に区別されており、両方を使うことはもちろん、本来は労災保険を使用すべき事故(勤務中あるいは通勤途中の事故)につき、健康保険を使うことはできませんので、ご注意ください。

 

  ウ 労災保険の場合は、労働基準監督署に所定の書類を提出して申請することになりますが、書類の作成に際しお勤め先の会社の確認が必要となりますので、会社の担当者に確認してください。
    また、健康保険の場合は、国民健康保険であればお住まいの市区町村に対し、それ以外の健康保険であれば加入する健康保険組合に対し、「第三者行為による傷病届」(事故によりけがをしたこと、事故の相手方の氏名住所などの届け出)をする必要があります。
    そして、これ以外に、事故証明など、他の書類が必要となることが一般的ですが、どのような書類が必要かにつき、市区町村あるいは健康保険組合ごとに異なりますので、健康保険の担当者にお尋ねください。
    上記の書類を求められる理由は、医療費の一部を健康保険が負担しますが、これにつき、健康保険から事故の加害者に対し、上記負担分の支払を求めることができるとされており、そのためには、傷病届における記載事項が必要となるためです。
    なお、労災保険や人身傷害保険においても、保険から相手方に請求できることとされています。

 

  エ 事故発生日から一定期間が経過した後に健康保険あるいは労災保険を使用する場合、相手方保険会社のみならず、健康保険などにおいても「必要な治療期間を経過している」として、保険の使用を断られる場合があります。
    この場合は、自費で治療を継続するか、治療を終了して後遺障害の申請あるいは相手方との賠償額の交渉に移ることになります。

 

5 打ち切り連絡に対する説明は以上となりますが、お困りの場合は、弁護士にご相談ください。
 

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